鉄路は西から東から

鉄分多めの日常とお出かけの記録

乗っても降りてもキハ120――初夏の中国山地を鉄路で縦断

2024年5月22日(水)

 7時19分発の因美線普通列車は、通学の高校生で混んでいた。キハ47形を2編成つなげた4両だが、ドア付近はもちろん通路の奥までいっぱいである。タラコ色のオンボロ気動車は、初夏の車内に満ちる青い活気を天井の扇風機で勢いよくかき混ぜながら、定刻通りに鳥取駅を発車した。

因美線 普通 智頭行き

 次の津ノ井、東郡家でも大勢の乗車があり、いよいよ超満員になったところで郡家に停車。駅のそばに高校でもあるのか、ここで車内のほとんどの学生が降りて行った。郡家は若桜鉄道との乗り換え駅で、隣りのホームに若桜鉄道の列車がやって来ると、そちらからも大勢の学生が降りてきた。そのまま改札口へ向かう学生もいれば、鳥取方面のホームへ向かう学生もいる。やがて対向から同じ色の気動車がやってきて、ホームに鈴なりになった学生を乗せ始めると、こちらの列車は智頭へ向けて発車した。

終点の智頭で特急〈スーパーいなば1号〉と離合

 鳥取から50分ほどで終点の智頭に着いた。ここはその名の通り智頭急行との乗り換え駅であるが、私はこのまま別の列車に乗り換えて因美線の旅を続ける。跨線橋を渡った先で待っていた津山行きは、たった1両のキハ120形気動車だった。

因美線 普通 津山行き

 それ自体は驚くことではないものの、乗車してみると旅行者らしいおばさんが1人乗っていただけで、特急の接続もあったのに、私のように乗り換えてきた人間は誰もいなかった。県境を越えて智頭~津山間を通しで走る列車は1日7本、これを逃すと13時まで列車はないのに寂しい限りである。もっとも、こういう利用状況だから1日7本しかないのだろうが。

 8時16分、乗客乗員3名で定刻通り発車した。同じ因美線とはいえ、本数が減り車両が小さくなり、そうなると線路の等級も下がるのが常で、25km/hの速度制限*1が頻発するようになる。エンジン音に混じって、かちゃんかちゃんと運転士が忙しなくブレーキハンドルを操作する音が聞こえる。

制限25km/hの区間。車両最後部から撮影

 峠らしい峠もなく、県境をやや長いトンネルで越えると美作河井に停車。ここから美作国岡山県である。実に味のある木造駅舎で、小さな男の子とお母さんが、1日6往復しか停まらぬ列車*2を見送りに来ていた。

 美作加茂からは津山の都市圏に入ったようで、停車駅ごとに地元の人がパラパラと乗ってくる。わずかな乗客ではあるが、日中は3~4時間も間隔が開く時間帯もあるのに、多少なりとも需要があるのだなと少しホッとする。

姫新線 普通 新見行き(左)。阪神は関係ない(キハ120-334)

 終点の津山からは姫新線に乗り換える。津山駅には立派な扇形庫と転車台を備えた鉄道資料館があるのだが、40分弱の待ち時間はいささか短すぎるので、今回はパス。駅前の橋の上から吉井川を眺めたりして時間を潰し、10時ちょうど発の新見行きに乗車した。車両はまたキハ120形1両である。中国山地を縦断する今日の旅は、ひたすらこのクルマに揺られ続けることとなる。

 先ほどの因美線よりは多少乗客が増えたが、見える景色は似たようなもので、車両も同じ形式だから新鮮味はない。日本で唯一「中国」の駅名を冠する中国勝山を出ると、再び本数の少ない区間に入る。次の月田は何の変哲もない無人駅だが、かつては大阪始発の急行〈みまさか〉の終着駅だったというから驚く。終点の新見には11時41分に着いた。

特急〈やくも〉や〈サンライズ出雲〉も停まるターミナル駅

 次に乗る芸備線の発車まで1時間少々あるので、ここで昼食にする。こういうところで、お昼の時間にいい塩梅に待ち時間が生まれる行程が組めると、大変嬉しい。乗り換え時間が4分しかない、でもこの列車を逃すと次は3時間後……みたいなことになると、飲まず食わずで旅を続ける羽目になる。

千屋牛コロッケ弁当

 駅前の食堂も雰囲気があってよさそうだったが、ご当地のスーパーの視察も兼ねて、高梁川を渡った先にあるAコープへ向かった。新見市発祥で和牛のルーツだという「千屋牛」コロッケの載った弁当を購入し、天気もいいので川原へ降りて行って、大きな石に座って食う。地元だったらこんなことはやらないが、旅の恥は何とやら、ピクニックに来たような気分でなかなかおもしろい。もっとも、田舎町とはいえ、ピクニックと言うにはいささか町の中が過ぎる気もするが。

芸備線 普通 備後落合行き

 新見駅に戻ってきて、芸備線の備後落合行きに乗る。むろんキハ120形1両である。検査から戻ってきたばかりのようで、新車と見紛うほどピカピカだけれども、そんなことより今まで乗ってきたキハ120のうちで一番混んでいるのはどうしたことか。先にネタバレになるが、これから乗る芸備線は1日3往復しかない区間を走る列車なのである。岡山行きの特急〈やくも14号〉が着くとますます乗客が増え、12時58分に定刻通り発車した。

この日の〈やくも14号〉(右)は緑色の編成だった

 2つ先の備中神代までは伯備線の線路を走る。幹線のガッシリした線路に別れを告げ、備中神代の3番のりばを発車すると、ここから芸備線が始まる。神代川の流れと、国道182号、それに中国自動車道と絡み合うように走り、駅々でわずかな地元客を下ろしていく。少し開けたところに出たと思うとそこはもう広島県で、列車は東城に停車した。

 東城から先、列車はいよいよ1日3往復しかない最・閑散区間に突入する。と言っても、それは私が知識として知っているからそう思うだけで、列車は気負うふうでもなくすぐに発車した。

 それにしても乗客が多い。立つ人間がいるほどではないが席は大方埋まっており、本当に1日3往復の路線かと思う。県境を越えたばかりの区間だから地元の人はもはや皆無で、乗っているのは旅行者ばかりである。ちょうど〈やくも〉の381系車両が引退する直前であったから、そのついでに乗ろうという魂胆のマニアも多かろうが、青春18きっぷの時期でもない平日にこれでは、土休日はいったいどうなるのか。本数があまりに少なすぎると逆に希少価値が出て、私のような物好きが集まるのかもしれぬ。

3往復しか列車が来ない内名駅。待合所はキレイに保たれていた

 人が多いから写真もろくに撮れず、しかしロングシートで体をひねって眺めてみても、写真が撮りたくなるほど特におもしろい風景はない。これまでと同じように、森を抜けるとのどかな山里があり、ポツンと小さな無人駅、といった具合である。どんな秘境かと一番期待していたはずの区間は一番あっさりと終わって、終点の備後落合に到着した。

芸備線のホーム。左はこれから乗る普通 三次行き

 備後落合は、芸備線と島根へ向かう木次線*3が交わる、中国山地最大ターミナル駅である。というのは冗談で、ここから木次線が分岐するのは本当だが、こんなところで乗り換えかと疑いたくなるような、山奥の無人駅だ。駅周辺に人家はわずかに見えるが、村や町の中心部という感じでもない。

備後落合駅

 かつては機関車の車庫や乗務員の宿泊所、保線・通信のための詰所などが置かれ、中国山地を縦横に走る優等列車が機関車の付け替えや分割併合のために停車し、100人を超える職員が勤務するなど、本当に一大ターミナル駅であった。駅前には職員とその家族が住む官舎に加え、旅館、食堂、理髪店、タクシーの営業所などが立ち並び、「落合銀座」と呼ばれるほど繁盛したという。今では想像もつかない話だが、駅舎の中に所狭しと飾られた写真は、華やかなりし時代が確かにあったことを伝えてくれる。

駅舎内に飾られた写真やポスター類

 現在では新見方面と木次方面が1日3本ずつ、三次*4方面が5本発着するだけで、ターミナルと言うにはあまりに寂しい。しかし、私が訪れた時間はちょうど3方向から列車が到着し、数にしてみれば数十人に過ぎないだろうが、それぞれの乗客が乗り換えのために行き交い、ホームで写真を撮ったり駅の外へ出てみたりと、かつてのにぎわいをほんのわずかに再現していた。

あとから到着した木次線の列車

 さて、名残惜しいが数少ない列車を逃すわけにはいかないから、三次行きに乗車して芸備線の旅を続ける。車両はこれまたキハ120形で、もっと言うと3方向とも同じキハ120の単行気動車である。ただし色が違う。これまで乗ってきた車両(新見方面)は大糸線でもお馴染み、オレンジの帯を巻いたキハ120だったが、これから乗る車両(三次方面)はの帯を巻いている。木次線は今日最初に乗ったキハ47形のようなタラコ色、もとい朱色一色だ。備後落合は岡山・広島・島根の3支社*5の境界駅でもあるため、同じキハ120でもデザインが微妙に違う。

島根へ向かう木次線と分かれていく

 もっとも、見た目は違っても乗ってしまえば同じことで、木次線のへろへろの線路と分かれ、こちらもへろへろの線路を下っていく。庄原市の中心駅・備後庄原で地元客がチラホラ乗ってくる。ちなみに、芸備線の3往復区間に突入した東城からずっと庄原市である。ここいらは日照時間が長いのか、黒光りのする立派な瓦屋根の上に、大きなソーラーパネルを乗せた家が多い。技術と伝統のハイブリッドという趣がある。

何気に難読駅名の「みよし」

 福塩線との分岐駅、塩町で学校帰りの学生が大勢乗ってきて大変にぎやかになり、終点の三次に着いた。ホームへ降りてみると、まだ5月とは思えぬほどまことに蒸し暑い。1日中列車に揺られて、しかも智頭からずっとキハ120だから、いくら鉄道好きとはいえそろそろ飽きてきた。早く今夜の宿がある広島へ行きたい。ここからは乗客も増え、車両も最初に乗った以来のキハ47形が多く走っている。そういうつもりで広島行きのホームへ向かうと、なんと待っていたのはまたもキハ120であった。

広島行きは2番のりば……あ、あれ?

 さすがに2両連結ではあったものの、そんなことは問題ではない。初めて乗る区間だが、知識として広島~三次間はキハ47がほとんどだと知っていた。キハ47は私の好きな気動車の1つだから、キハ47で始まりキハ47で終わる中国山地縦断旅行の青写真を描いていたのに、まさか最後までキハ120とは……。ややガッカリしたが、止むを得ないので乗り込む。少しでも空いている2両目に乗車した。無人駅では後ろの車両はドアが開かないのだろうが、どうせ終点まで行くのだから関係ない。

芸備線 普通 広島行き(左)。まさかのキハ120

 しかしいざ走り出してみると、各駅停車のくせに気が狂ったように猛然と飛ばしていく。智頭から延々と付き合ってきた、あのあくびの出るようなチンタラした乗り物とはまるで別物である。あとで調べてみると、広島~三次間でキハ120が充当されるのは1日2往復しかないそうで、逆にレアな運用を引き当てていたと分かった。

 途中の狩留家から2両目のドアも開くようになった。ここから広島駅までは30分くらいで、この駅止まりの区間列車も運転され、広島市中心部への通勤通学需要が増える。駅へ止まるたびに乗客が増え、すれ違う反対方向の気動車も乗客がギッシリ乗っている。18時34分、終点の広島へ到着した。

 このあとは回送となって車庫に引き上げるらしい。閑散線区の代名詞であるキハ120が大勢の乗客を乗せ、新幹線も停まる人口120万人都市の駅へ乗り込んで行くのは奇妙な感じがしたけれど、降車客がいなくなると、もうこの車両に注意を向ける者は誰もいなかった。駅の端に作られた切り欠きのホームだから、ここだけ帰宅ラッシュの雑踏からも切り離されたように感じる。

 山陽線呉線の電車がひっきりなしに発着する中、新幹線の高架に見下ろされながら停まっているキハ120は、なんだか大変小さく見えた。

 

おわり

 

 

*1:俗に言う "必殺徐行"

*2:7往復のうち1往復は快速のため通過

*3:きすきせん

*4:みよし

*5:現在は中国統括本部に再編された