鉄路は西から東から

鉄分多めの日常とお出かけの記録

47番目の和歌山へ。雪中南紀阿房列車(3)

2023年1月24日(火) 午後

 紀伊田辺で昼食をとり、再び紀勢本線に乗車。御坊(ごぼう)にやって来た。ここから紀州鉄道に乗車する。紀州鉄道は御坊~西御坊間の全長わずか2.7km、間に3つの駅があり、「日本一短いローカル私鉄」とも呼ばれている。

 

 駅舎や改札はJR御坊駅と共用で、1番のりばの横に、紀州鉄道専用の0番のりばがある。私が向かったとき、まだ列車は到着していなかった。紀州鉄道交通系ICカードが使えないので、乗り換え客のために簡易IC改札機が置かれている。

 やがて向こうからエンジンをゴロゴロ言わして、1両の気動車がゆっくりと入線した。2017年に信楽高原鐵道から譲渡され、今は御坊~西御坊間のピストン輸送に就くKR205である。昔の気動車をイメージしたような、クリームと赤のツートンカラーが好もしい。

KR205車内(西御坊到着後に撮影)

 さて乗車する。車内はオールロングシートで、乗客は私を含め4~5人程度であった。定刻の14時30分に御坊を発車。左に大きくカーブして紀勢本線の線路と分かれ、市街地へ入って行く。時速はわずか20数キロしか出ていない。

キテツ名物「漬物樽のフタを使った徐行信号機」

 最初の駅である学門は、「学門に入る」というゲン担ぎで、入場券が受験生に人気だという。駅自体は、ホームと屋根があるだけの何の変哲もない小さな無人駅だった。

 この御坊~学門間がもっとも駅間距離が長く1.5kmあり、最初の一駅で全長の半分以上を消費する。あとは唯一の有人駅(直営駅)の紀伊御坊、市役所前、終点の西御坊と、それぞれわずか数百mの距離である。ドアが閉まって物々しく出発し、20キロ程度まで加速したかと思うと、ろくに惰行する間もなくブレーキがかかり、もう次の駅へ着いてしまう。各駅停車でもわずか8分で、終点の西御坊に到着した。

出札跡@西御坊駅

駅舎内部@西御坊駅

西御坊駅舎外観とKR205

 終点の西御坊は小さな駅舎があるものの無人駅で、閉鎖された出札口は運転士の休憩室になっているようだ。折り返し列車まで少し時間があり、運転士も休憩室に引き上げてしまったので、私も駅の周辺を少しぶらつく。

 ツートンカラーの単行気動車、ごく短く狭いホームと小さな木造駅舎、隣りには四角いビル、そして古びた踏切……。引きで見ると、まったくジオラマのようである。

 近くにあったコンビニのイートインスペースで、カフェオレを飲んで一休み。戻ってきてまだ時間があるので、駅舎の周囲をぐるり一周してみて驚いた。

左に傾いてねぇか……?

 西御坊の駅舎を裏から見ると、ホーム側に傾いているように見える。初めは「目の錯覚か?」と思ったが(笑)、サッシとドアに大きな隙間があるので、やはり傾いている。雪国だったらとっくに倒壊しているだろう。しかし和歌山も台風は多いはずだが……大丈夫なんだろうか……。

 駅の裏手には、まだ少しだけ線路が残っている。この先700mほど走ったところに「日高川」という駅があったが、1989年に廃止された。跡地には、線路だけでなく当時のホームや信号機などの遺構が残っているらしい。

 現役の線路との位置関係はこんな感じ。ていうか、攻めすぎだろ(笑)。ホームがギリギリ1両分しかないので止むを得ないとはいえ、列車の停止位置から車止めまで1mもない。路面電車並みである。

 発車1分前になってようやく運転士が現れて席に座り、定刻15時20分、私だけを乗せて西御坊を出発。駅舎も踏切もオンボロの紀州鉄道だが、線路にはところどころ真新しい砕石が敷かれ、枕木も数本おきにコンクリート製のものに交換されている。2017年には脱線事故を起こした苦い過去があるそうで、単行の気動車が時速20kmあまりでぽてぽて走るだけとはいえ、軌道はしっかりと整備されているようだ。こういうところは安心できる。途中駅で乗客を2~3人ピックアップし、片道8分の短い旅を終えて御坊に到着した。

 紀勢本線の旅を再開する。御坊始発の和歌山行き普通列車である。ここまで散々乗ってきた2両編成の227系を2つ繋いだ4両編成で、車掌の乗るツーマン列車だった。あとはもうどこにも寄り道せず、この列車で終点の和歌山へ着いたら今日の行程は終了である。時刻通りなら1時間あまりで着く……はずだった。

 しかし、私が紀州鉄道を満喫するのを見届けたかのように、冬将軍はその猛威を振るい始めた。十数年に一度という大寒波が襲いかかろうとしているほうへ、私を乗せた列車は15時33分、定刻通り出発していった。

 御坊の次の駅、紀伊内原を発車してトンネルに入ったところで、先頭車両に乗る私の耳に、運転席の無線の声が聞こえてきた。「風規制、とまれ、とまれ」。輸送指令が強風のためただちに停止せよ、と言っているのである。始まったな。たちまち速度が落ち、あろうことか列車はトンネル内に止まってしまった。前方を見ると、はるか遠くに小さな白い点となって出口が見える。スマホの電波は入らない。

 強風のために停車したと車掌が放送する。だが、電波が入らないからスマホで情報収集や暇つぶしもできず、駅に迎えの家族が来ているような人は、列車が遅れる旨を連絡することもできない。

 5分経ち、10分経つと、斜め向かいに座ったおばさんが、不安なためか隣りの若者にしきりに話しかけ始めた。「せめて、もっと出口の近くに止まってくれたらええのにね」。本当にその通りだと思う。トンネル内に留まるのは正しいが、地震などではないのだから、馬鹿正直にこんなど真ん中に止まらずとも、もう少し出口へ寄せればいいのに。

 暗いトンネル内で20分近くも止まった後、低速で運転を再開し*1、次の紀伊由良に停車。この駅でまたしばらく停車すると車掌が告げた。それはいいが、ドアが全開のままだ。当然、車内にも強風が吹き込んできて寒い。寒いのにドア全開で止まっているのである。せっかくこの227系にはドアボタンも付いているのに、車掌側で強制的に全開(自動扱い)にしているらしく、ボタンを押しても閉めることができない。もはや、吹きさらしの外で待っているのと変わらないではないか!

 列車が止まるのは止むを得ないとしても、長引きそうならドアを閉めて風を防ぐことくらいはできるはずである。先ほど電波の入らないトンネルのど真ん中なぞに止まってくれた恨みに加え、耐えがたい寒さと車掌の無神経ぶりに、だんだんと腹が立ってきた。

 私が最後部車両にいれば車掌に文句を言ってやるところだが、あいにくと乗っているのは先頭車両である。ドアの開閉のことを運転士に言うのは筋違いなので言いたくないけれど、言えば車掌に連絡して閉めてもらえるだろうか。自分で最後部まで行くべきか。いや、ここは関西、きっと気の短い誰かが怒り出してそのうちに文句を言いに行くだろう。私がクレーマー役を買って出ずとも……などと考えているうちに時ばかりが過ぎ、期待した「関西クレーマー」も現れずドアも開いたまま、41分遅れで運転を再開した。

 そのあと停車した醤油の町だという湯浅で特急「くろしお26号」に先を譲り(ドア全開)、箕島でもドア全開吹きさらしのまま長時間停車という同じ目に遭って、定刻より1時間以上遅れて終点の和歌山に到着した。

 改札を出ると、外は吹雪になっていた。ビチャビチャの雪がうっすらと積もり始めた道を、とりあえずホテルへ向かった。暖房の効いた屋内に入ると、もう外に出たくなくなったが、夕飯くらいは食べねばならないし、雪ごときで初めて来た街を見物せずに引きこもるのも沽券にかかわる。

 結局また和歌山駅まで戻ってきて、駅ビルの地下にあるラーメン屋へ入った。寒風にさらされ続けた身体に、熱い熱い和歌山ラーメンが沁みた。

 

つづく

 

 

*1:風のないトンネル内でも徐行していたのは謎